iPhone の日本市場投入は、そう簡単ではない

iPhoneの2008年度中日本市場投入が可能であろう理由(キャズムを超えろ!)というエントリがあった。そもそもこれはiPhoneが日本で発売されない理由 -閉鎖的携帯電話市場「日本」とGSMという記事に反応してるんだけど、元の記事自体が「リアル高校生、泣く子も黙る平成生まれで専門的知識はほとんどない僕が一人で運営しております」と書いてあるくらいで、自分の体験による知識で書かれたモノではないわけでちょっとみなさんおちついてと言いたいわけですが。

ぼくはかつて携帯電話の開発エンジニアとして、ずばり海外版モデルを日本市場に投入するなんてことをやっていた。その経験から言わせてもらうに、もし W-CDMA 版の iPhone のプロトタイプが存在せず、これから対応をはじめるというのであれば、残念ながら iPhone はそう簡単には日本市場には登場しないと思う。

キャズムを超えろ!の人は「2008年度中」と言っていて、さらに文中に「1年で開発可能」なんて書いてあるので、熱狂的なファンは来年の夏頃を期待しちゃうんじゃないかと思うけど、きっちり2年以上というのがぼくの考え。つまり、2009年の初頭で、かつ商品寿命を考慮するとそれは第2世代 iPhone だ。

ポイントは、携帯開発における「ローカライズ」の大変さ。

キャリアとの折衝には時間がかかる

日本向け携帯の開発は、納品先のキャリアが要求する膨大な仕様をひとつずつ埋めていく作業になる。
X01HT やらの例が挙げられているように、いわゆる統一仕様からはずれたラインとして出す線はあるけど、それでも電話として日本国内で使用できるようにするために最低限満たすべき仕様だって並大抵ではない。
ユーザーに提供するサービスレベルのもの*1もあるし、あるいはもっと深いネットワークプロトコルの例外的な仕様のサポートもある。

こういう折衝は、実際には開発と平行して行われるものではあるが、それは普通に人が思うようなレベルの期間ではない。全ての項目をきちんと洗い出して、それらをどこまでそれをサポートするか、あるいはしないかがキャリアと端末メーカーの間で合意に至る*2までには、どうがんばっても数ヶ月、1年たっても残件ありというのは普通に考えられる。

フィールドテストには時間がかかる

なんとなく、携帯の開発というのがハード作って OS 乗せてソフトのバグとって完了と思われているふしがあるんだけど、携帯と言うくらいでちゃんと外に持ち出して使えなければ意味がない。
そして、ちゃんと使えるかどうかは、ほんとに現地に赴いて、定められたテストを実行することで確認される。
九州の基地局でこれをやって、大阪でもやって、北海道でもやって、そうすると名古屋だけで発生する事例が報告されるので大急ぎで名古屋に行って再現実験をやってと、完全にここは人海戦術*3

もちろん、経験によってここまでやれば大丈夫というフィルタリングはされるだろうし、フィールドテストエンジニアが慣れてくれば効率よく全国を回る手法も開発されていくだろうけど、これが初参入である Apple には当然そんな資産はない。つまり、フィールドテストを日本で行う手法そのものを試行錯誤して勉強していかないといけない(実際は、経験のある日本の会社と提携するだろうけど、それでも全部おまかせではない)。

そういうわけで

製品としての携帯ができあがってから、それが市場に出回るまでには、驚くほどの時間がかかる。Macworld の会場で、プロトタイプが滑らかにアニメーションを表示しているからと言って、それがすぐ市場に出られるわけではないのだ。
事実、アメリカ国内の発売ですら6月。Steve Jobs も、FCC なんかの許可を取るのに数ヶ月かかることを理由に挙げている。
折衝もテストを含めた開発も、平行してやれば1年じゃないかと思うかもしれないが、そんな風に綺麗に進行する開発なんてあるもんじゃないし、しかも、今のところ W-CDMA のプロトタイプが存在する気配はないわけで。さらに、こういうローカルな事象をとりまとめる窓口的部隊を形成するのにも時間がかかる*4
バッファーを考えると、最低でも2年はみないといけないのではないだろうか。

しかし、冒頭に書いたように、2年後に今の iPhone を出して、それで市場が納得するかというとちょっと微妙ということもある。
そう考えると、W-CDMA 対応&日本市場への投入は2年後、第2世代の iPhone と同時とみるがどうだろう。

一発逆転

ここまで書いておきながらあれなんだけど、実はすごい近い将来に iPhone が日本に登場する可能性はある。
それは、iPhone が実は日本のメーカーとの協業で作られているという場合。

そもそも、エンジニア数百人体制が必要なはずの携帯開発を、この2年間 Apple が隠せていたことがおかしい。それだけの数の携帯に詳しいエンジニアを確保したら、どうしたって足がつくはずなのだ(まあ、実際噂はながれていたけど)。
iPod もハードは専門の会社に外注しているし、そう考えると iPhone が外部の会社、しかも日本のメーカーによって作られている可能性は意外と高い*5のではないだろうか。

そうであるならば、上記のローカルな開発にかかる膨大な作業を短時間で終わらせることは不可能ではない。もちろん、それが既に周到に準備されていて、作業が進行中であるならだけど。

まあ、これはかなりの妄想と、iPhone が欲しいぼくの願望であったりするわけだけど。

*1:SIMカードが刺さっていない携帯でも、緊急呼び出し番号だけは接続できないといけないが、海外の仕様では番号は一つしか指定できない。日本では 110 + 119 の両方につながらないといけないが、それを実現するグローバルな仕様がない→日本向けは両方つながるようにしないといけない、とか

*2:現在の端末開発は、共通のコードをいかに多くの端末に組み込むかという効率化を重視するので、例えば一部地域にプロトコル的に問題があっても、他を考慮して対応しないことがあったりして、メーカーもそう簡単には要求をのまない

*3:ちなみに、フィールドテスト用のプロトはボックスで隠されていたり、テストそのものを大きなバンの車内で行ったりするので、iPhone の実験が始まったからといって、各地で iPhone が目撃されたりするわけではない。

*4:さらに言うと、メーカーが外資の場合、こうしたローカルな窓口と「本国」の間の折衝も、うんざりするほど大変で時間がかかる

*5:ちなみに、ぼくは日本の某メーカーにいたこともある。入社当時、工場の片隅にN**tonのプロトを発見して狂喜したりしたんだけど、あるいは...